2009年07月04日

下鴨神社&銀閣寺

河井寛次郎記念館に行ったあとは、下鴨神社に。



河井寛次郎記念館で民藝的パワーをもらったあとは、糺の森の緑のあおさにパワーをもらいました。

「下鴨神社&銀閣寺」の続き
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河井寛次郎記念館

京都東山区にある河井寛次郎記念館に行ってきました。
河井寛次郎さんは、柳宗悦らの日本民藝運動にも関わった陶工です。



河井寛次郎は、その生涯を通じいつも子供のように勘当する心を失わず、ありとあらゆる物と事の中から喜びを見いだし、そして何よりも人と人生をこよなく愛し大切にした人でありました。
河井寛次郎記念館パンフレットより

記念館の場所は東京人の感覚だと清水寺の近く。
元は自宅兼仕事場だったこともあり、裏の路地をはいったところにひっそりとありました。



「河井寛次郎記念館」の続き
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2009年07月03日

解釈を代行するのが道具

1つ前の「デザイン:情報を公開する技術」、あるいは2つ前の「自分がいいと思うモノをつくれ!」のP.S.(ポストスクリプト)として書いたことの続きとして読んでもらえれば―。

村田純一は、人間がおこなわなければならない解釈を代行するのが道具だと記している。
人類の技術の歴史は、まさに解釈の必要性を人工物を制作することによって軽減してきた歴史だということになる。
村田純一「解釈とデザイン 技術の本性と解釈の柔軟性」

コップを使うことは、水をいかに飲むべきか、飲むとはどういうことか、といった解釈を行為自体が代行する。「人工物を利用するものは、自ら改めていちいち問題解決に取り組む必要はなく、問題解決に必要な知的活動をそれらの人工物にゆだねてしまうことができる」(村田純一、前掲書)のだから、道具は、人間の解釈の柔軟性を奪いかねない。

「人間がおこなわなければならない解釈を代行するのが道具」だとしたら、そこにはすでにマニュアル人間化の方向性が含まれています。道具を用いることで人間は「問題解決に必要な知的活動をそれらの人工物にゆだねてしまう」というのは、まさに自分で考えて行動をすることなくマニュアルどおりでしか行動できないことへの道を開いているともいえます。

ここに、ものづくりをする人、文章を書く人、その他さまざまな形で他人にソリューションを提供する人の倫理観が求められる地点があるのではないでしょうか。

「解釈を代行するのが道具」の続き
タグ:解釈 道具 都市
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デザイン:情報を公開する技術

Oui.

デザインは、ときには「情報を公開する技術」をあつかうのではなく、つねに「情報を公開する技術」なのだろう。

情報デザインフォーラムのメンバーでありながら、僕が「情報デザイン」ということばを使わない理由がまさにこれ。

「デザイン:情報を公開する技術」の続き
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2009年07月02日

自分がいいと思うモノをつくれ!

ものづくりをする人がアンケート調査に頼ったり、ユーザーの意見を必要以上に気にするのをみて、たまにがっかりさせられることがあります。

それは完全に調査をする目的を誤解しています。
ユーザー中心だとか、人間中心だとかいいますが、別にそれはユーザーがどういうデザインを評価するかといった意見をきいて、ものづくりをしろなんていう話ではありません。「なんでもかんでもユーザーに聞けばよいってわけじゃない。

それ以前に、ものづくりをする側が何をつくるのがいいと思うかという考えがなくてはお話になりません。それがないがゆえに、やたらとアンケートで人びとの声を聞きたがるし、ユーザーの評価を気にしすぎる。どっちがものづくりの主体なの?って疑問に思います。

他人の意見に左右される前に、自分がいいと思うモノをつくれ!とつよく思います。
自分が何をいいと思うかをその根拠とともにはっきりイメージできるようになれ!と感じます。

もちろん、ものづくりに限らず、自分が何がいいと思うかをはっきりと示せない人が多いような気がします。示せなくてもいいけど、いいものが何かを判断できる目は養っておきたいものです。

そう。目利きの力を。

「自分がいいと思うモノをつくれ!」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 19:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

物に意味を与える仕事(思いやりをもって)

人の生活をなんらかの形で役だつ道具としての人工物と、それを利用する人のあいだをつなぐインターフェイスを設計するのがデザインの仕事です。このとき、インターフェイスには、人工物の内部機構と人間の頭のなかにつくられるモデルのあいだを取り持つ役割が与えられます。



とうぜん、そのインターフェイスを設計し実現可能にするのがデザインの仕事であるなら、その仕事をする人は、人工物の側の内部機構と人間の頭のなかのモデルの双方を同時に理解する必要があるでしょう。

もちろん、これはことばでいうほど、簡単なことではありません。特に「人間の頭のなかのモデル」は。

「物に意味を与える仕事(思いやりをもって)」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 23:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

2009年4月-6月で紹介した本のリスト

前に「2009年1月-3月で紹介した本のリスト」というエントリーを書いたので、4月-6月版も書いておこうか、と。



それにしても、1月-3月が合計17冊紹介していたのに対して、4月-6月は合計で9冊だけでした。すくなすぎますね。あきらかにGW明けの忙しさが影響してます。
次のクォーターはもうちょっとがんばろっと。

では、そのすくない9冊のリストを(リストのリンクは当ブログ内の書評エントリーです)。「2009年4月-6月で紹介した本のリスト」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プロジェクトの定義とデザインプロセス

"Context of use"―。
それはHCDプロセスそのものに対してもいえることではないでしょうか。

どのような手法をどのように用いてプロセス化するかというプロジェクトのデザインは、プロジェクトのコンテキストそのものを定義しなくては決まらない。もちろん、それは人間中心のデザインに限らず、すべての計画、設計、デザインにおいて―。僕はそう考えます。

ゆえに、以下の考えには賛成です。

HCDプロセスの導入は、きっちり決まった手法では無く、案件ごとに流動的なものであります。クライアントの意識や会社風土、ユーザの意識やリテラシー能力など案件ごとに様々ですよね。
HCDプロセスは「こうでなくてはいけない。」という事は無く、もっとクライアントそれぞれのコンテキストに合わせた導入方法があるのかな。

すでにアサノさんのブログには、コメントを残しましたが、ここでもあらためて整理しなおして掲載しておきます。

「プロジェクトの定義とデザインプロセス」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 21:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『デザイン思考の仕事術』、Amazon在庫ありに。

『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』がAmazonで在庫ありに。

お待ちいただいていた方、ご迷惑をおかけしました。

取り急ぎ用件のみにて。



関連エントリー
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声と文字(あるいは本というメディアについて)

「手書きであることを突き詰めれば、原稿用紙は不要だろう」
と鈴木一誌さんは『ページと力―手わざ、そしてデジタル・デザイン』のなかでいう。
「原稿用紙は、活字組版のために、出版者と印刷所の文選工の字数の数えやすさと判読の助けとして開発された」とも続けています。
そして、また、
「手書きかワープロかとの問いは、原稿用紙を捨てられるかどうかの判断をも迫る」という。
原稿用紙という存在すら忘れていた僕らには、ハッとさせられる指摘です。



あるいは、今福龍太さんは、
「オーラリティの世界に反響する音声としての言葉は、一度文字記号のなかに落ち着いてしまうと、ミメティックな能力が失われる」
『身体としての書物』で声にだされたことばのもつ模倣的(ミメティック)な性格を指摘すれば、
酒井健さんは、『バタイユ』で、
「言葉と生の一致。言葉が言い表そうとしている生の動きをその言葉自体が帯びているということ。その言葉に生の動きが満ちていて、耳にするとその生の動きが伝わってくるということ。武勲詩の聴衆が、朗誦される詩の言葉に求めていたのはそのようなことだった」
とバタイユが愛した中世の吟遊詩人とその聴衆を結ぶ詩の口誦を評しています。



「声と文字(あるいは本というメディアについて)」の続き
タグ: 文字 ことば
posted by HIROKI tanahashi at 00:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

『デザイン思考の仕事術』、丸の内オアゾの丸善ほかのリアル書店での状況。

Amazonでは現在「在庫切れ」状態となっている(在庫ありになりました)『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』ですが、丸の内オアゾの丸善には置いてありました。
(ほかにも、置いてある店舗の情報を担当編集者さんからいただいたので、ページ下部に掲載してます。
7/2時点でのリアル店舗状況を追加。)



売り場は、1階の「マーケティング」の棚(入口はいってすぐ右)。
この棚番号が目印。



「『デザイン思考の仕事術』、丸の内オアゾの丸善ほかのリアル書店での状況。」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 19:23 | Comment(7) | TrackBack(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いきなり在庫切れってどうよ?

発売日初日から在庫切れ?(入荷しました) ありえないですよね。



せっかくtube graphicsの木村さんにもご紹介いただいたのに。

カバーにある 自分の「脳」を外に出せ。からも分かるように
一冊丸ごと、わたしの大好きな「視点の移動」が満載でした。
これまでの自分を離れてみたい方、お薦めですよ。

早急の入荷を期待。
お急ぎの方は、リアルな書店で探してみてください。僕も探してみます。→在庫のあるリアル書店の情報を掲載しました。



関連エントリー
posted by HIROKI tanahashi at 15:28 | Comment(4) | TrackBack(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

企て。

計画、企画、デザイン、あるいは、「企て」。

理性的に物を作りだすとき、人はまず計画を練り、それからこの計画を実行していく。バタイユが多用した哲学用語によればこの計画は「企て」となり、その実行は「行動」となる。

しかし、この「企て」が、人間の生の邪魔をします。

時間という観点に立てば、「企て」も「行動」も物が作りだされる未来の時点を第一に重視している。人は誰しも現在時を生きるのだが「企て」に従って「行動」しているときには、物の産出という未来時に設定された目的すなわち「企て」と「行動」の目的に意識を奪われている。現在にありながら現在を生きていないのだ。

「企て」が人びとの「行動」を未来の目的につなぎとめることで、現在時における人の生から「行動」を意識を切り離してしまう。

『デザイン思考の仕事術』という、デザイン=企てに関する本を書きながら、同時に、そこに文化だとか生だとかいうことをキーワードとして盛り込んでもいるがゆえに、その最後に僕が「デザインしすぎない」という断章を置かざるをえなかった理由がここにあります。



「企て。」の続き
タグ:バタイユ
posted by HIROKI tanahashi at 03:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

2009-06-28:武相荘再訪

今年の1月に訪れた旧白洲邸「武相荘」
また今日、ちょうど半年ぶりにくらいに訪れてみました。



武相荘って何?という方は、前回訪問時のエントリー「旧白洲邸 武相荘」に詳しいので、そちらを参照ください。

「2009-06-28:武相荘再訪」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 23:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

2009-06-27:山ぶどうの手提げ篭

今日も暑かった。
そんな暑い中、僕は先日手に入れたばかりの山ぶどうの手提げ篭をもって丸の内に出かけました。



思いっきり昔ながらの手仕事の民藝品ですが、丸の内でもしっくりきてます。

これは、山形県の月山で作られた、山ぶどうの蔓の皮を編んだ手提げ篭です。
篭の素材には30年くらいかけて育った、太く、かつ、真っ直ぐな山ぶどうの蔓を用いるそうです。そうした蔓が育ちやすい環境は、川沿いのブナの原生林で陽の当たらない場所だといいます。

「2009-06-27:山ぶどうの手提げ篭」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 22:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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